2/3(日)憧れの別府大分マラソンに出てきました。

ここに出るまでにも、長い長い歴史がありました。
 
数年前、ソコソコ練習していた時期に3時間25分くらいでフルマラソン走っていて、
でもその頃はまさか、あの伝統の別大の参加資格を自分が持ってるなんて知らなくて(走る友達が全く居なかったのでこういう情報がなかった)、記録証なんかも即捨てていて手元に証拠がなかった。その後、練習強度を上げたことで、脚のアチコチが痛くなり全く練習できず、フル4時間45分位まで落ち込んだ頃に、サブ3.5の記録証を持ってれば出場資格があると知り、なにー!出たい出たいーと練習再開。
しかし脚が猛烈に痛くてスピード練習は全く出来ず、ひたすらキロ5-6のジョギングのみで月300Kmを走り込み、2016年11月のつくばマラソンでギリギリサブ3.5に返り咲き。ラスト5Kmは「別大別大」と唱えながら必死に走った。でもよくよく応募要項見たら「グロスで」サブ3.5と書いてある…。あぼーんネットで切ってるけどグロスでは切れてない…。グロスなんか意識したことないっての…。
 
で、次のチャンスは2017年3月の静岡マラソンこっちはグロスで切る!と誓ったものの相変わらず脚が痛くてまともに練習できず。直前2カ月でキロ5切って走ったのは、2月のハーフマラソン一応キロ430で走れた)と20Kmの450ペース走1本のみ。30Km走もやってない。450~455ペースで走ったが15Km過ぎからキツい。20Km地点でもうダメ…と思いながらも、「別大別大別大別大べつだいべつだいべつだい」と呪文のように唱えて37Kmあたりまでキロ5を切り続ける。37Km過ぎにキロ5からこぼれるも、貯金もあるし510を切ってれば大丈夫だろうとヘロヘロ走る。40Km過ぎて沿道から「まだ3時間半切れるぞ!」と声援が飛び、後ろの男が「マジ?まだイケるの?」と言ってペースを上げる。俺は逆に「マジ?そんなギリギリなの?」と焦って必死にもがく。何とかグロスで3時間28分台でゴール。ゴール地点で座り込んでしまいしばらく動けなかったが、何とか別大の資格を取った。記録証を大事に大事に持って帰った。
 
そしていよいよ2017年9月に2018年2月の別大申込。無事エントリー。行くぜ別大。
ところがこの年は7月頃から毎月毎月発熱する。体調不良のまま出た11月のつくばは3時間38分。やばい、これじゃせっかく別大出ても完走できないじゃん。一生懸命練習する。そして12月下旬インフルA型発症。2W練習できず。年明け走り始めるも、キロ630で5Kmが走り切れず歩いてしまう。スピードとスタミナの両方を戻すのはもう無理だからせめてスピードだけでも取り戻そうと、治り切ってない脚で無理矢理インターバルやBU走を繰り返す。右踵が激痛だったけど無視。何とか5Km毎に440→430→420ペースでのBU走がこなせるまで戻す。スタミナは無いけどそっちは気持ちじゃ!行くぜ!と思った1月末、インフルB型発症。結局別大には行けず。家族から隔離された小部屋の布団の中でちょっと泣いた。
 
 
2018年9月、2度目の別大エントリー成功。持ち記録は前回同様2017年3月の3時間28分台。エントリー選手の中でほぼビリだが、構わない。こういう状況こそ俺は燃える男だ!と思う。しかしこの年の戦績がまた全く振るわない。
富士登山競走:4時間36分で完走ならず
ハセツネ  :18時間かかって夜が明けてからゴール
手賀沼ハーフ:1時間39分台
つくばマラソン:3時間43分
それなりに練習はしているんだけど、もう年齢的に限界なのかな…
 
でももう一回、憧れの別大に向けて、ゼロから積み上げてみよう、やれることをやろうと、岩本能史の「限界突破 マラソン練習帳」を教科書に練習に励む。目指すは3時間15分。サラリーマンにはこの教科書の忠実再現はキツかったが、極力こなした。
泊りの忘年会の翌朝5時から知らん土地でペース走したり、フレックスしてBU走してから飲み会参加したり。ソツケンは12Kmでいっぱいいっぱいになってしまったけどその前週まではこなせた。3時間15分は無理かもしれないけど3時間20分は行きたい、行けるんじゃないか?という手ごたえがあった。
 
 
そして2/2(土)大分空港に降り立った。
別府の受け付け会場に向かうバスから明日走るコースが見えた。
やっと来れた憧れの聖地。別府湾沿いを走る片側3車線の広々とした国道。明日はここを走るんだ。気持ちが高ぶりずっと外を眺めてた。
 
 
 
2/3(日)レース当日。
正午スタートは初めてで、食事のタイミングや量がよく分からない。
腹に食べ物が残っていると気持ち悪くなってしまうので、普段のフルマラソン前はあまり食べないようにしているのだが、自分がゴールするのは15時過ぎ、さすがに朝は食わなきゃ持たないだろうと8:00にホテルのビュッフェに行って、結構たらふく食べた。(これが失敗だったかなぁ…後半気持ち悪くなってしまった)
 
10:00頃、スタート地点のうみたまご到着。友人Kさんと合流。サブスリーまであと1分まで来ているKさんは4’05で突っ込むとのこと。自分は4'40で入って10Km過ぎに4'35まで上げて巡航、イケる!と思ったところで4’30まで上げるつもり。30Km迄に4’30に上げられたら3時間15分切り。それより遅ければ切れない。分かりやすくてイイ。
Kさんの「男なら最初から突っ込むべき!」という悪魔の誘いをノラリクラリとかわしながら、いよいよ11:40。ラインアップ。Kさんと別れてゼッケン順に並ぶ。エリート選手みたいだ。とは言っても、持ちタイムがほぼビリの自分の後ろには2列しかなく、
その後ろにはパトカーがデーンと構えている。5Kmごとの関門はキロ5のペースで情け容赦なく閉じられていくらしい。キロ5ペースについていけず群れからはぐれたシマウマは、パトカーという名のジャッカルに喰われてしまうのだ…
などと考えていたら「オンユアマーク」の声と共にスタートのピストルが鳴った。
 
スタートライン通過は1分10秒。
広い3車線とガチランナーだらけという組み合わせなので、スタート後はあっと言う間にペースが上がる。周囲についていくと1Kmの通過は4’40。予定通り。振り返ると…相変わらずほぼビリ。パトカーすぐそこ。思わず顔がニヤける。俺、今、すげーレースに出てるぜ!4’40で走ってんのにビリだぜ!大多数はこのレースを走る為に真剣に練習して節制してきた人達ばかりだろう。同志だなぁ。
 
5Km通過。別府市内に入る。4’40が余裕すぎる。ペース上げてもいいんじゃね?って思うが我慢我慢。
7.5Kmあたりで折り返してきた先頭集団とすれ違う。先頭は東洋大学のエース山本??ペースメーカーで出てる??
9Km過ぎの橋のテッペンでKさんとすれ違う。飛ばしてるなぁ。俺もいつかはあの領域まで行きたいな。
10Km手前で折り返し、ちょっと走るともう反対車線にランナーが居なくなる。1人だけ大きく遅れてその後ろにパトカー。
ケガや体調不良を押して出た人なんだろうか。頑張れ!逃げろ!
10Km過ぎて予定通り4’35にペースを上げる。イケるイケる。
14Km付近で、ん?ちょっと疲労を感じる…。こんな序盤で?マズいかも。4’40に戻して様子をみる。
20Kmでスタート地点に戻る。やばいな、結構疲れてる。まだ無理できる距離じゃない、もうちょい落とそう。
25Kmあたりでちょっと楽になってくる。キツい波が過ぎたかな?いや違う。楽しみが近づいたからだ。実はスタート直前に会社を退職して九州に住んでいる後輩から「応援に行く。27Kmと41Kmの手前で待ってるから通過時間を教えて欲しい」とメッセージが入っていた。会うのは久しぶり。昔はデブで走るイメージなんか全く無かっただろうから、颯爽と走っていいところを見せたいなぁ。
 
27Kmの大分駅前市街地。まずKさんの奥さんに応援される。元気に手を振る。
その50m先に後輩H君。笑顔で名前を呼んでくれる。「ありがとー頑張るよー」と手を振る。でもここを過ぎるとガクっとペースが落ちる。3時間15分どころか3時間20分も難しくなってきた。いや、下手するとパトカーに飲み込まれて完走できない危険すらある。まだあと15Kmもある、無理できる距離ではない、とにかく体力を消費しないように丁寧に走ることしか、今やれることはない。
 
32Km:ついにキロ5をオーバーしてしまう。まだ10Kmもあるのに厳しい。体力も残っていない。岩本先生の教科書は、走行距離が足らないことが気になっていたが、不安が的中。かなりキツい。キロ5が切れなくなると諦めてしまう病に冒されている自分は途端に「歩きたいなぁやめたいなぁ」などと思い始めるが、「ふざけんなよ。これ別大だぞ!」と喝を入れる。33KmでKさんとスライドすることを楽しみに、気持ちを切らさず走り続ける。
 
33KmでKさんを反対車線に発見。声をかけて手を振る。向こうも手を振ってくれるが弱々しい。Kさんも苦しんでるんだなぁと思うが、それでもKさんはあと5Km。9Kmも残っている自分にとっては羨ましくて仕方がない。でも9Kmとか考えるとシンドいだけ。手前手前に楽しみを見つけるしかない。2Km先の35Km地点で折り返すことを楽しみに走る。折り返したところで別に楽しくないんだけど…。ペースはジワジワ落ちているが、大失速することなく5分1桁で持ちこたえられている。
 
35Km折り返し。辛い。気持ち悪い。吐きたい。でも沿道にそこそこ人が居て吐けない。何度も口の中に胃液がこみ上げては飲み込む。中央分離帯に行って吐こうか…と考えるも掃除する人のことを考えると吐けない。反対車線に最後尾のランナーとパトカーが見える。やばい、結構近い。3-4分差か?ラップは5’15までズルズルと落ちている。もう目標はパトカーに追い付かれず完走することのみ。どこまでならラップを落とせるのか?複雑な計算をできる頭ではないので、残りの距離に6分をかけてみる…
ダメだ、全然間に合わない。キロ6じゃダメなんだ。キツくて目がチカチカしてきたけどペースを落とさず走る。スタート前に、高校の先輩が「持ち味の粘りで…」とコメントをくれていた。諦めの早い方だと思っているんだけど、粘れる男と思ってくれているのに粘れないのは情けない。粘れ粘れと唱え続ける。
 
37Km:ついに5’20までペースが落ちた。さすがにマズい。残り5Km。
5Kmなら肉体は潰れても精神力で行ける筈だと無理矢理ペースを上げる。一気にキツくなる。我慢だ我慢。身体がカクカクしてる。後輩H君は41Km手前で待っているらしい、あと4Km弱だがとりあえず3Km先に居ると考えてそこまで頑張ろう。あと3Kmあと2.8Kmあと2.5Km…とカウントダウンしながら走る。ペースが5分ちょいまで上がる。
 
40Km通過。ゴールまであと2.195Km。H君まであと500m。とにかくまずはH君のところまで。もう一歩も走りたくない。歩きたい、止まりたい、座りたい、寝転がりたい…。でもすぐそこにH君がいる筈。歪んだ顔を見られたくなくて必死に笑顔を作って走る。H君「最後の右折の手前右側に居る」とまで詳しく居場所を通知してきてたのに…居ない。曲がった後に居るのか?と作り笑い継続で走るも…居ない。
「いねーじゃねーか!」と思うが、40Km地点は3時間4分で通過するとか事前に言ってたのに10分以上遅れてるので、もう帰っちゃったのかな…遅い俺が悪いんだ…などと悲しい顔しながらLAST1Kmの看板越えたところで大声で名前を呼ばれた。
H君がニコニコしながら応援してくれている。声出すのも辛いので「おう!」とだけ返す。キツさに歪んだ顔をバッチリ見られた。でもH君探しでだいぶキツさから逃避できた。ありがたい。終盤ここまで粘れたのはH君のおかげ。
 
競技場の入り口では、既に走り終えて完走タオルを持ったランナー達が大声で応援してくれている。「まだ間に合うぞ!」「来年の出場権取れ!」とか聞こえる。声援に応える代わりに必死に手足を動かす。第三コーナーを曲がって残り200m。いつもならどんなに疲れていてもペースが上がるのだが、もう全く上がらない。極限まで耐え続けてきたのでエネルギーなんかヒトカケラも残っていない。早く寝転がりたい一心。残り100mになっても「まだあんなに遠くまで走らなきゃいけないのか…」としか思えない。
早く終わってくれ、早く終わってくれ~と思いながらゴール。時間はかろうじて3時間27分台か?
5mくらい脇にそれて全天候トラックの上で大の字に倒れた。大迫傑がゴールで倒れる人に対して「それまで走ってたのに急に動けなくなるなんておかしい」とか言ってたけど、おかしかろうが何だろうが現実問題として俺はもう1mmも動けない。10分くらい起き上がれなかった。
 
また今回もダメだったなぁ…と走り終わった直後は悲しい気持ちにもなったけど、1-2週間経ったら「でもまぁいいじゃん。楽しかったし」と思えた。2ヶ月間、3時間15分を本気で切れるんじゃないかと思って練習した日々は楽しい夢を見せて貰ったし、レース当日は、朝の緊張感やレースで出し切ったこと、H君やKさん夫妻とのアフターまで全部楽しかった。勝ち負けで言ったら、また負けたけど、結果はおまけみたいなもんかな。
また来年頑張ります。
 

ハセツネ2018参戦記 その④ラスト

ゴールして無料で貰えるトン汁を食べたらやることがなく、駐車場に戻る。スマホを見るとKさんも15時間オーバーでのゴールだった。12-13時間位では行けるだろうと思っていたので、やはり苦しんだんだなって思う。寝ないで家まで運転して帰ろうとしたが、途中の高速道路で何度も意識が飛びそうになり、途中のSAに入って2時間くらい寝た。

 

レースから2週間経ち、色々な人のブログを読んでみたのだが、順調にスイスイ走ってたなんて人は皆無。みんな七転八倒しながら進んでいたようだ。こういうのを読むと、諦めないで良かったと思う。レース中は「なんで俺は本番に弱いんだ…」と情けなく思っていて「本調子じゃないんだからやめちゃいな」という悪魔の誘惑は常に頭の中にあったけど、これに屈して本当にやめていて、でも周囲のほぼ全員が同じような状態だったことを後で知ったら自己嫌悪が半端なかったと思う。

確かに思い返してみると、自分の周囲の人達は弱っていたけど力強かったし走れるところはキッチリ走っていた。明るくなってからゴールする人は、フルマラソンで言えば5時間近くかかるようなファンランの人なのかとスタート前は思っていたけれど、歩き方・走り方を見る限り、明らかにガチランナー達ばかりだった。みんな苦しんだ結果、あの辺りに居たのだろう。

 

自分が途中でやめなかったのは、まったくポジティブな理由ではなくて、単なる恐怖心。最低中の最低ラインとして何が何でも完走、這ってでも完走、という覚悟でいたのに、アッサリやめたくなる弱さとそれに負けた自分が後で許せなくなることは明らかで、それが怖くてとにかく前に進んだ。レース前にメンタルやられた時の為に用意した色々な言葉はどれも全く効果なし。今回のテーマソングはこれだ!と会場に向かう車の中で聞き続けたエレカシのEasy Goはレース中も頭の中でヘビロテしてくれたが、前向き過ぎて自分の状態と乖離しすぎていて直接的な効果はまるでなし。但し奥底を流れるエレカシの「男の痩せ我慢」的な感覚にはちょっとだけ励まされた。負け戦にだって美学があんだろーがよ!ってな感じで。(今になると意味わかんないけど)

 

レース後の体の状態は、翌日も特に筋肉痛などなし。レースで追い込めなかったのもそうだけど、この夏毎週のように山を登ったり降りたりしてきたことで、山の中30-50Kmくらい走っても全然筋肉痛にならなくなっていた。速くはなってないけど強くはなってると思った。これをどう速さに変換していくかが今後の課題。速さと言えばレース5日後に10KmTTをやってみた。43分40秒位。半年以上平地を速く走る練習を全然してないので今の実力的にもこんなもんだと思われ、全然普通に走れるじゃんと思っていたら翌日から身体の火照りが復活。でも飲み会が詰まっていて連日飲んでたら木曜日に会社で謎の激腹痛。早退して医者に行ったら胃炎でしょう、ストレスが溜まってたのでは?とのこと。精神的なストレスはゼロの自負があるので、ハセツネの負荷に酒を注入したとこで胃が悲鳴を上げたんだと思う。おとなしく今日まで3日間ずっと寝てる。枕もとでポカリ飲んでるけど普通においしい。何だったんだろう?

 

ハセツネのことを思い出すと、辛かった思い出は薄くなっていて、だからと言って楽しかったことはほとんどないんだけど「もうちょっとやれたかな?」という気持ちになっている。完走できる体力はもうあるので、スピードに特化した練習を1年やってみよう、水分は全部真水にして、ポカリとOS-1は粉末を持っていき適宜溶かせばいいじゃないか、とか考え始めている。

 

思い起こせば、俺の人生何事もすんなりいった試しがない。けど諦めずにしつこくしつこく粘る、負けたままで終わらせないことで何とかここまでやってきた。去年はリタイア、今年は18時間で完走。全く思い通りにはいってないけど、でも前進はしている。来年は選挙の関係で開催時期が遅い年。初めて寒いハセツネを走れる筈。来年こそは笑ってゴールできるように、頑張っていこうと思います。

 

ハセツネ2018参戦記 その③

第二関門で水を貰う。入れてくれるお兄さんに「鞘口峠で水が切れて…」なんて話をしたら「自分も去年出たんですけどやっぱり水が切れて大変でしたよ」と言いながら1.7Lくらい入れてくれた。ちょっとサービス。本当にありがたい。500mlくらい一気飲み。カラカラに渇いた身体に染み渡る。人生で一番うまい水だった。

 

さぁこれからどうする?第二関門はいくつもの投光器で昼のように明るく照らされており、ブルーシートの上には寝ているランナーが大勢いる。こんなところに長居しても里心がつくだけだ。固形物を全く取ってなかったのでエネモチを無理矢理押し込む。半分食べれた。今までとてもおいしく感じていたのにクソまずい。味覚障害でも起きているのだろう。ちょっと悩んだが、劇薬のベスパハイパーも投入する。発汗作用があるのと、余計気持ち悪くなるリスクはあるが、もうトボトボ歩くのはごめんだ!と思った。ゴールまで残り30Kmだが、厳しいのはここから12Km弱。4.5Km先の2つ目のボス御前山を越えれば3.2Km先の大ダワまでは下り、そこから4Kmでラスボス大岳山を抜ければもうキツい傾斜はない。大岳山がゴールのつもりで行こう。そこから先は気持ちで何とでもなる筈だ。

 

第二関門の先は広々とした下りで、前方には全く人が居なくて地獄の底に落ちていくようだ。水の心配がなくなったので飛ばす。このまま行こう!でも2Kmほどで潰れる。身体が熱い、気持ち悪い。ダメだ…。寝る。寒くなって起きる。ヨロヨロと歩く。しばらく歩くと10人ほどの大集団に追いつく。もうちょっと速く歩けるけど抜かすような気力もなく後ろを歩いて登り続ける。試走の時はアッサリ登った記憶しかないが、いつまで登っても着かない。うんざりしたころ山頂へ。大勢休んでいるが俺は知っている。ここは惣岳山で御前山ではない。10人中2-3人は休まず進むのでそっちについていく。御前山600mの道標がある。御前山で休もう。暫く進んでもうすぐかな?と思ったら御前山400mの道標。あんだけ進んだのにたった200mか…。感覚もおかしくなってる。雨も降ってきた。身体が冷えてちょうどいい。延々登って御前山山頂。雨の中シェルを出すのも面倒で濡れたままベンチに座ってしばらくうつむく。

 

身体が冷えたので出発。下り基調。前の人が、頑張ればついていける程度の良いペースで走る。キツいけどこの人につこう、離されたらまたズルズル遅れてしまう、と頑張ってつく。何とか3.2Kmをほぼ走り切り大ダワ到着。ここはアスファルトの林道が通っていて公衆トイレがある場所で、大会テントが4つ程建っているのだが入り口にでかく「リタイア受付。テントに入った時点で失格」と書かれている。テントの中は明るく毛布とか置いている。何という格差だ。その前を通り過ぎて暗がりのアスファルトの上にゴロ寝する。周囲にも寝てる人が20人くらい。シェルを着たり保温シートにくるまっているが自分は暑くて仕方がないので半袖短パンのまま寝る。アスファルトが冷たくて気持ちいい。寒くなって起きる。出発前にハイドレの水を吸うとズズズッ。んあ?また水が切れた!沢山あると思ってガブ飲みしてたからだ。次の湧水まで5Kmはある。大岳山を越えたところだ。また水無し地獄か…。

 

前後に人も居なくなり、暗闇をトボトボ歩く。大岳山手前の約3Kmは傾斜が緩く、試走時はKさんと「ここまでに足を残してここを走れるかでタイムが変わりますねぇ」なんて話していたのだが、全歩きするとは思わなかった。でも仕方がない。水が無いので体温を上げられない。大岳山への急登が始まる。登り続けられないが傾斜がキツく寝る場所がない。木に寄りかかり体育座りで目を閉じる。寝る。寒くて起きる。立ち上がってノロノロと登る。延々登ると女性スタッフの声がする。山頂だ。「お疲れ様!」と言われるが「水場はどこです?」と聞く。失礼な対応だがもう喉が渇いて気が狂いそう。「370m。私の脚でゆっくり行って13分でした」淀みなく答えてくれる。もうこれまで何十回も聞かれたのだろうし、ハセツネ経験者なんだろう。必要な情報をちゃんと用意してくれている。ありがたい。しかし370mに13分って遅すぎないか?

 

下り始めてすぐ分かった。メチャクチャ急斜面でスピード出ない。水のことだけ考えて必死に下る。もういい加減10分以上下ったろ!と思ったら男性スタッフが立っていたので水は?と聞くと「200m先です」。…絶望を通り越して何の感情も沸かない。

 

水場に着いたが10人以上並んでいる。そんなに勢いよく出ていないので一人1分以上かけて汲んでいる。コラコラ、汲みながら飲むんじゃない!ほら次の容器を出す間にも貴重な水が流れてしまってるじゃないか!とか思いながら血走った目で水を見つめる。ようやく自分の番。後ろの人には申し訳ないが自分も汲みながら500ml一気飲み。うまい!1L汲んで列から出て750mlまた一気飲み。あーうまい。水場はここから2Km先、3Km先にも1ヶ所ずつあるのを知っているのでそんなに残す必要はない。ここから先はようやく一切水の心配をしなくてよくなる。気が楽になって数人の集団と一緒にゆっくり走りながら下る。

 

2Kmほど走って次の水場、綾広の滝。3人くらい並んでたので素通り。次の御岳神社の手水は複数人で汲めるのでそっちで汲もう。綾広の滝からちょっと登る。集団はそのまま走る人と歩く人に分かれる。ちょっと走ってから歩こうと思っていたら…ん?あれ?全然走れる。もう40Km近く登りは全歩きだったのに走れる。よく考えたら気持ち悪くもなくなってる。そのまま走って登る。あれ?無性に調子がいい。集団の前に出てペースを上げる。気がつけば空も真っ暗から灰色に変わってきた。もう朝なんだ。

 

歓声が聞こえる。第3関門の長尾平。直前の登りも元気に走って「ナイスラーン」と言われながら止まらず通過。こんな朝5時頃に大勢の声援、本当にありがたい。御岳神社の脇を下り手水に行くと、ウサギ耳をつけたかわいい女の子が一人で応援している。水を汲みながら「一晩中応援ですか?すごいなぁ怖くなかったですか?」と言うと「去年は走ったんです。でも遅いんで23時間50分かかってビリでした」とのこと。「俺は去年リタイアだったから俺より上だよ」と言いながらジェルを飲む。普通に飲める。おいおい、今まで飲めなかったのは何だったんだよ!女の子に「じゃ、ラスト行ってきます」と言い走り出す。誘導スタッフに「ここにきて軽快な走りですねー」と褒められる。うん。ここまで遅すぎて全然足疲れてないもん。

 

ラストの登り、日の出山もストックをガシガシ突いてパワーウォークで強引に登る。スタッフが「おはようございます」と声を掛けてくる。完全に朝だ。日の出山に明るくなってから到着するなんて全く想定してなかったなぁ。山頂から見える景色は綺麗だった。夜景だったらもっと綺麗だったのかな。ここから先はほぼ緩やかな下り。ストックとライトをザックにしまう。ジェルと水を流し込む。時計を見ると5時58分、スタートしてから16時間58分経っていた。ラスト11Km。キロ5’30で行ければ17時間台か。下り基調とは言え常識的には無理だが、もう残された目標はこんなもんしかない、狙ってみようと思い走り出す。

 

最初は段差の全く合わない走りにくい階段。全然スピード出ない。キロ9分台。クソ。次の1Kmも結構登りがあってキロ7分台。クソ、根性見せろよ!更に飛ばす。他のランナーとのスピード差は圧倒的で、見えたらあっという間に目の前に迫り「右行きます!」と声をかけて抜く。キロ6分台。たまに抜かれた後ついてこようとするランナーの気配を感じる。更にペースをあげて振り切る。ようやく5分台に入る。4分台まで上げろ!と吹っ飛ぶ覚悟でメチャクチャに走るが5’10くらいが限界。追い込んで走るのは最初は気持ちよかったが段々悲しくなってきた。この金毘羅尾根は暗いうちに走る筈だったし、三頭山や御前山でこの足は使いたかった。結局ボロボロに負けたなぁ…って思ってたら涙腺が崩壊して視界がボヤけてきた。

 

舗装道路に入った。更に飛ばす。ふとゴール前どうしよう?って思う。これ位の距離のトレランはみんなゆっくり手を振りながらゴールするし、その状態の前のランナーを猛ダッシュで抜かすのも全く粋じゃない。でも苦しんで苦しんで苦しみ抜いた今回のレースは、苦しいままゴールしたくて、ゴール直前に誰かが居たらスピード落とす、居なかったらそのまま駆け抜ける、と思いキロ4くらいまでペースを上げて住宅街を走る。最後の角を曲がると誰も居ない。スピードを落とさずガッツポーズもせずにそのままゴールした。ゴールタイム18時間5分。地べたに座ってトン汁飲みながら「とにかく終わった。人生の中でも文句なしに一番辛かった。俺にはトレイルランは向いていない。もう2度とやらない」って思った。

 

 

ハセツネ2018参戦記 その②

浅間峠からの登り斜面で、沢山のギャラリーに「頑張れ!」「絶対帰ってこいよ!」と励まして貰う。
夜の18時に車道から1.5時間程上がった山の中でわざわざ応援してくれている人達。この暑さの中で第二関門に向かう厳しさを熟知しているのだろう。声援が温かい。
 
浅間峠の喧噪から離れると、また静かな暗闇の世界になる。前方にポツポツと選手のライトが見えるが、浅間峠前までより格段に数が減っている。リタイアした人多いんだろうか。引き返してくる人達もいる。ちょっと進んでやっぱり諦めたんだろう。去年の自分も浅間峠から2Km位進んだところで呆然と立ち尽くし、前に進める選択肢がどう考えても見出せずに引き返した。今年は違う。ゴクゴク飲めないとは言え、根性出せば飲み込める水分はたっぷりある。手にはポールだってある。練習だって十分してきた。やめたいと思う気持ちはあるが、やめる理由はない。とにかく第二関門の月夜見第二駐車場に制限時間のAM4:00迄に着こう。そこで水を1.5L貰うんだ。その先のことはそこで考える。
 
ポールを使い始めたが、手に力が入らずそれほど楽にはなっていない。結局醍醐丸からジェルを半分飲んだだけで浅間峠でも何も食べられなかった。カロリーが不足しているのだろう。でもどうしても気持ち悪くてジェルを入れる気持ちになれない。ポカリを無理矢理飲むのでいっぱいいっぱい。今、レース終了から2日経ってこれを書いているが、ポカリがまずいと感じた感覚は既に分からなくなっている。今飲んだら普通においしく飲めそうなのだが、あの時はとにかく毒液のようにまずく感じてしまい、真水をもっともってこなかった自分が恨めしくて仕方がなかった。
 
急登を登る。どこを登ってるのかよく分からない。右側にチラチラと夜景が見える。今は北に向かっている筈なので東京の夜景なのだろう。特に何か思うことも無く、一歩一歩前に進むことに専念する。フラフラ進んでいる人に追い付く。5Km地点くらいで前にいた人だ。知らない人だが有名な団体に所属しているっぽくて着ているTシャツ見たギャラリーから声援を受けていた。仲間と大きな声でトレラン談義をしていて「速い人なんだなぁ」って思っていたのだが、途中で「そろそろ行きますか!」と仲間と一緒にグイグイ前に行ってしまった人だった。今は完全に潰れている。「頑張りましょう」と声をかけて抜く。こんな人でも潰れるんだ。ギリギリの状態で進んでいるのは自分だけじゃない。「気持ち悪ささえなければ」とか「本当はもっとイケるのに」とかネガティブに考えるのはやめよう。泣きごとを言っても誰かが助けてくれる訳でもない。気持ちを強く持とう。大丈夫だ。出来る。前後に人がいなくなると、小声で「頑張れ。頑張れ」と呟きながら登った。ポジティブに声を出すのはいい。内外から励まされる感じがする。
 
30Km地点の西原峠に着いた。暗がりで15人くらい休んでいる。自分も腰をおろす。さぁここからハセツネ最高峰、三頭山への急登が始まる。浅間峠からここまで何も食べてない。ポカリは無理矢理飲み続けて1Lを飲み切った。残りの水分は、真水が300ml、OS-1が1L、コーラが300ml。恐々とコーラを飲んでみる。クソまずいが飲めた。全部飲む。OS-1は飲めるか?ポカリより更にまずく感じるが無理すれば飲み込める。ジェルはどうだ?持参のジェルで一番おいしいMagOnを飲んでみる。吐きそうにまずい。強烈に気持ち悪くなるが、無理矢理全部飲み込んで吐かないようにじっと我慢する。よし、こらえた。補給はできたぞ。さぁ行くぜ三頭山。亀の歩みしかできないけれど、一歩一歩足を前に出し続ければいつかは着くはずだ。三頭山を越えたら激下りで鞘口峠、そこから月夜見山を越えると第二関門の月夜見第二駐車場だ!  …ってめっちゃ遠くてゲンナリする。まずは三頭山三頭山。
 
急登に入ると、数十メートル間隔で選手がぶっ倒れている。ライトつけたまま寝てる人、体育座りで全く動かない人。異様な光景だ。ゆっくりゆっくり登ってきたが身体に熱がこもって気持ち悪くてどうしようもなくなる。スペースを見つけてザックを放り投げてそれを枕に自分も寝る。身体の下が痛いのでまさぐると栗の上だった。払いのけて目をつぶる。虫がごそごそ足から這い上がってくる。見もしないで払いのける。登ってくる選手が一瞬こっちにライトを向けてくるのが眩しい。放っておいてくれ!と思ってると寝てしまったようだ。寒くなって起きる。寒い?スタートして既に8時間以上経過しているが初めての感覚!身体がスッキリして気持ち悪さが和らいでいる。そうか、この気持ち悪さは身体の火照りからきてるのか。よし体温を上げないようにしようと、またザック担いで登り始める。10分もしないうちに身体がまた熱くなる。ベンチがあったので座る。隣に座ってた人が出発したのでベンチに横になってまた寝る。寒くなって起きる。また登る。GPS時計が1Kmの通過LAPを告げる。1時間5分!これゴールできんのか…?
 
こんな感じで何とか三頭山手前の避難小屋到着。スタッフが6人くらい居て大声で励ましてくれている。夜10時だというのに本当にありがたい。試走の時に、万が一この小屋にお世話になるかもと小屋の中を確認しておいた。でも小屋の中はゾンビの群れだろうし、そういう雰囲気に飲み込まれたくなくて、スタッフが応援しているそばで座り込む。ここから三頭山山頂まではほんの数百メートルで10分程度と分かっているのに長々と休んでしまう。意を決して立ち上がり登り始める。今度は三頭山山頂からスタッフの大声が聞こえる。「ここが三頭山山頂!中間地点!ハセツネ最高峰!頑張れ!」ありがたい。でもゾンビの群れの反応が鈍いらしく「おーい。みんな聞こえてますかー?」とか言ってくる。「聞こえてるぞ!ちょっと待ってて!」と返事する。山頂到着。元気なスタッフとグータッチ。空いてるベンチにまたも座り込む。スタートから9時間半かかった。ここまでの時間の倍がゴールタイムになると聞く。19時間かかるということか。その程度で済めばいいが…。隣のオッサンが「辛いなぁ」と声かけてくる。ネガティブな言葉を発したくなくて「へへへ」と変な笑いを返す。「50歳過ぎて俺はなんでこんなことしてるんだろうなぁ。さぁ行くぞ!」とオッサン出発。何となく励まされて自分も重い腰を上げて出発。鞘口峠までは激下りだ。
 
自然と7-8人の集団走になる。これに付いていくと身体が火照ってキツいのだが、ダラダラしていても先が見えないので頑張ってついていく。わずか2Km弱なのに傾斜がキツすぎて進まない。30分くらい悪戦苦闘してなんとか鞘口峠到着。4人位の女性スタッフがここでも元気に応援してくれている。ここから徒歩10分で都民の森駐車場なのでリタイアしやすいポイント。まっすぐ行くのがコース、右に曲がるとリタイア。自分は左の窪地に5mほど降りてザックを放り投げてまた寝る。リタイア申告する選手の声を聞きながらウトウトする。寒くなって起きる。ザックとポールを拾って立ちあがりコースに向かって進もうとすると、スタッフが「行くんですね?良かった!」と声をかけてくれる。無言でぶっ倒れてたので心配させてしまってたらしい。申し訳ない。ここからの急登を登り始めてハイドレの水を吸うとズズっと嫌な音。ついに真水が切れた…。残りの水分はOS-1が500ml。補給地点まではあと4Km。試走では40-50分で行ったが、サブスリー目前男Kさんのイケメンなペースに引っ張られてのこと。今の状態なら1時間半はかかるだろう。OS-1単独では飲む気がしないので、これから1時間半は水無しの刑だ。もうトレランというより、喉の渇きと気持ち悪さを我慢する大会みたいだ。こんなこと続けて意味あるのか?やめちゃってもいいんじゃないのか?出発する時嫁さんに「無理しないでね」と言われて「無理はするよ。無茶はしないけど」と答えてきたが、いい加減無茶の領域に入ってないか?と思いながらトボトボ歩く。途中ちょっと舗装道路に出ると誘導スタッフが「星がきれいですよ」と言ってくる。もう喉が渇いて生と死の分岐点みたいな状態なのに、ここで星か?と思わず声を出して笑ってしまった。空を見ると確かに星がきれいだった。ありがとう。そうだよね。やっぱり上向いて行かなきゃね。
 
スタートから11時間20分。AM0:20。ついに42Km地点、第二関門の月夜見第二駐車場に到着。生き延びた。8時間以上恋い焦がれた1.5Lの水が、俺の水が、出場料1万5千円払ってコース上で唯一貰える水が、ようやく手に入る!
 
 
 
 
 

ハセツネ2018参戦記 その①

2018.10.7 日本山岳耐久レース 通称ハセツネに参戦してきました。

昨年第一関門で早々にリタイアしてしまったリベンジの位置づけです。リタイアの原因になったのは、強烈な気持ち悪さがスタート直後から発生してゲーゲー吐いてしまい、脱水を恐れて水を飲みまくり水が切れてしまったことですが、それ以前に試走してなかったり夜間走行の経験が低かったりと色々反省点がありました。それを補うべく、今年のハセツネに参加する唯一の友人であるKさんと前半後半に分けてハセツネコースを2回試走したり、朝3時から箱根の山をヘッデン付けて登ったり、雨の山に行ったりと、着々と準備をしてきました。仕上げは2週間前の箱根外輪山1周50Km。ここから疲労を抜いていざ本番。自分の中では、やれる準備を全てやり切った感がありました。

目標タイムは15時間。制限時間は24時間なので完走だけなら歩いてでも出来るという噂。だったら目標を完走にするのは甘いんじゃないかということで、現実味はあるけどしっかり準備しなければ難しいラインで15時間を設定。

第一関門:4時間半

第二関門:9時間

第三関門:13時間

これで15時間ゴールが狙えそうです。試走では第一関門は4時間半で行けてるものの、第二関門の推定到達時間(その手前で終了しているので)は、約10時間。チャレンジしてやろうと思っていました。

 

しかし当日は、まさかの酷暑。一部予報では32℃に達するとのこと。暑さにめっぽう弱い自分は、この時点で15時間は不可能だと思いました。自分は他の人より水を沢山飲むのですが、第二関門(42Km)まで補給が一切ないこのレースでは30℃超えともなると4Lは持って行く必要があります。他の装備も合わせると重量6Kg。走れる重さじゃない!でもじゃぁ何を目標に走るのか?と考えたところで特に出てこない。だったらやっぱり6Kg背負ってでも15時間を目指すべきだろうと考えながら現地入り。但し無茶すると完走すら難しくなるので、ダメだと思ったらすぐ下方修正するということで。

 

当日。昨年の気持ち悪さの原因は、BCAAの粉と飯の食いすぎと考え、今年は粉無し、固形飯は具無しおにぎり一つだけでゼリー飲料でカロリー補充して会場入り。Kさんと落ち合い他愛もない会話をするが、自分は緊張しててあまり会話に集中できない。サブスリー目前のKさんは一番速いグループでスタートする。自分は2番目のグループにするか3番目にするか迷う。ハセツネはスタート1Km過ぎでいきなり渋滞する。最後尾からスタートすると40分も待たされるらしい。バカバカしいので早めに並んだ方がいいのだが、渋滞後のコースは狭くて1-2列で進むので、早く並びすぎると後ろから追い立てられまくって消耗する。悩んだ末に一旦2番目に並ぶが、列移動中に気が変わり1番目の最後尾に付ける。やっぱ強気でいかなきゃね。

 

エイエイオーの後、カウントダウンしていよいよ13時スタート。富士登山競走のエイエイオーは高ぶってしまって声が詰まって言えなかったが(笑)、今回は長丁場なのでそんなに気合も入らず普通にエイエイオーして出発。適当に抜かれながら1Km通過。トレイルに入ったところで渋滞。しかしコースが去年より整備されているのと前の方に並んだこともあり7-8分程度で渋滞を抜ける。しかし暑い。周囲も身体から汗をダラダラ流してる。一旦舗装道路に出る。LAPタイムは5’20程度。6Kgを背負ってジョグ感覚でこのタイムは悪くない。よし。調子は悪くない。去年はこの辺りで明らかに調子悪かった。とにかく気持ち悪くなるのが怖い。

 

今熊神社から再びトレイルに入る。後はほんの数百メートルを除いてゴール手前までずっと山の中。周囲と同じペースで登る。去年より前のポジションに居るが周囲のペースが遅く感じる。去年はこの時点でキツくて仕方なかった。去年とは違うと一安心。水分は、水をハイドレに1.5L、ポカリ1L、OS-1を1L、コーラを0.5Lと合計4L持っている。重くて仕方ないし汗をダラダラかいているので積極的に飲む。こんだけ持ってりゃ足りなくなることはないだろう。飲み放題だーなんて思っていた。さらに、残量が分かりにくいハイドレの水から先にゴクゴク飲む。これが後の地獄に繋がるとも知らずに…。

 

7Km地点の入山峠到着1時間28分。10分ほど遅いが渋滞を考えると予定通り。ここから上げていこう。次の観測地点の市道山分岐には2時間25分には着きたい。だがこの入山峠から市道山分岐までの峰見通りがハセツネ最高強度の難所。拷問のようなアップダウンが続く。速すぎは禁物。周囲のペースが速すぎたら列を離れてでゆっくり行こうと思っていた。ところが…ちょくちょく渋滞しておりペースも遅く市道山分岐到着2時間35分。あれ?結構前の方の集団に居る筈なのになぜこんなに遅い?みんな暑さで自重しているのか。まぁいい。とにかく去年はここまでで吐きまくってたけど今年は絶好調。10分程度の遅れは後半いくらでも挽回できる筈。この時点で早くも座り込んでる人が何人も居る。去年の自分を見ているようだ。

 

3時間10分で醍醐丸到着。ちょっと遅いがまぁ許容範囲。ちょっと疲れてきたので醍醐丸から下ったところで一旦コーラ休憩しよう。丸太に腰掛けてコーラを飲むとギュっと胃が締め付けられる感覚。おっとゼリーやジェルしか入ってない胃に炭酸はきつかったかな?と思ったとたん、絶望的な気持ちの悪さが襲ってきた。やべ、なんだこりゃ?インスリンショックか?今までも散々運動中にコーラ飲んできたのに、こんなことになるのは初めて。気持ち悪すぎて動けない。とりあえずガスター10を飲む。そんなすぐに効くわけがないので暫くじっとしてる。参ったな。数分を削って走ってるのに10分くらい動けない。

 

暫くしてだいぶマシになってきたので動き始めるが気持ち悪くて速く動けない。そしてジェルなどは口に入れる気が全くしない。あんなの入れたら吐くのは確実。更にまずいことにポカリを飲んでみたら吐きそうになった。OS-1も同じ。水はOK。コーラは試す気もしない。なんだこりゃ?水4L持ってきたのに使えるのは1.5Lってことか?更にここまで水ばっかり飲んできたから既に半分くらい減ってる筈だ。

 

ガスター10が効くことを期待しながら1時間近くノロノロ動いてきたが状況は改善していない。「パニくるなよ。去年はパニくって失敗した。去年と同じ状況に陥った訳だが、俺の成長が試されていると冷静に受け止めよう。とにかく一旦落ち着こうじゃないか」とブツブツ呟く。

まず目標だが、もう15時間はスパッと捨てよう。現時点でも遅れているしこの状態では無理だ。とにかく目標は完走。24時間かかったとしても絶対にゴールラインは踏もう。完走を目的にやれることを一つひとつやろう。そして現在、単なる重りでしかないポカリ・OS-1・コーラをどうするか?これをは飲めるようにするしかない。水の残量0.7Lだけで、水が貰える第二関門の42Km地点に行くのは不可能だ。ジェル類も同様。食えなきゃ完走はできない。少しでもいいからとにかく入れること。

 

ポカリを飲んでみる。強烈な吐き気。戻したいがグッと堪える。後味が悪すぎるので少量の水を含み口の中をゆすいで飲み込む。動きながらだと吐き出してしまいそうなので停まる必要があるが、これなら何とかなりそうだ。ジェルも同じ。我慢して入れて水でゆすぐ。飲んだ後強烈な吐き気を伴うが仕方ない。とにかくこのやり方で42Km地点までたどり着き1.5Lの水を追加で貰うしか俺が完走する道はない。

 

目標の4時間半で第一関門の浅間峠(22Km地点)に着ければ、そこまではライト無しで行ける筈だったのだが、4時間半の時点でまだ2Km以上手前。途中でライトを装着する。頭に1つ。腰に1つ。スピードの遅い登りは頭のライトだけ使い、下りは腰のライトも付ける。替えの電池は頭のライト用しか持ってきていない。腰ライトは節約して使う。

5時間7分で浅間峠到着。盛大にトラブった割には40分程度の遅れに抑えた。ここは東屋がポツンと建ってるだけの場所なのだが、ハセツネ中は明かりが灯り応援者が沢山いて大賑わい。暗闇の中を進んできて寂しくなった心を暖かくしてくれる。腰をおろすと、係員にリタイア申告する選手が大勢いることに気づく。やはりこの暑さが堪えているようだ。自分もこの気持ち悪さを我慢して、更に、飲めば気持ち悪くなることが分かっている飲み物やジェルをこれから先も飲み続けるというセルフ拷問行為にうんざりしていて、リタイアしたいなぁリタイアしたら楽になるんだろうなぁって心底思う。でもリタイアしたら絶対に後で強烈な後悔に襲われることは分かり切っている。こんな暖かいところに長居したって弱気になるだけだ。さっさと出発しよう。Kさんも1時間以上前に出発している筈だ。後を追うんだ。

ここから使えるポールを組み立てて、2時間先にある西原峠を目指してまた闇の中に入って行った。

 

 

丹沢・大山やまなみ登頂スタンプラリー 1dayトライ

9/8(土)丹沢・大山やまなみ登頂スタンプラリーに行ってきました。

www.kankou-hadano.org

1年くらい前から「これ1日でできんじゃね?」と思って地図眺めてて、実際ブログにも1日でやってる記事がいくつかあったし、それほど難易度高くないんじゃなかろうかと。

 

大山と大倉のどっちをスタート地点にするかは、スタンプ設置場所の開く時間を見ると、大山観光案内所が9:00、大倉の「手打ちそば さか間」さんが8:00なので必然的に大倉スタート。一応大倉の「さか間」さんは休日はスタンプを外に出しておいてくれてるらしいので、もっと早く出発しても良いのだが、次に行く鍋割山荘は10:00にならないとスタンプ押せないらしいので、あんまり早く行っても仕方ないなぁと、大倉8:00を目指して家を出ることにした。ゴールの大山観光案内所のタイムリミットは17:00なので9時間勝負。普通に行けば大丈夫だとは思うのだが…。

 

<行程>

渋沢駅→大倉→二俣→鍋割山荘→塔ノ岳尊仏山荘→丹沢山みやま山荘→塔ノ岳尊仏山荘に戻って表尾根→ヤビツ峠→大山山頂→大山観光案内所

 

渋沢駅到着7:20頃。軽くジョグして途中のセブンイレブン秦野堀西店でスタンプラリーの台紙を購入。大倉到着7:55。ハセツネ練習も兼ねてるので途中の山小屋で何も買わないように水3.5Lと食料をすべて持っている。重い。そして蒸し暑い。大倉までのロードでいきなり歩きが入る。あー今日は調子悪いなぁ、まぁゆっくり行こう。

 

大倉のお蕎麦屋さん、さか間の入り口にスタンプが見つからないので8:00になるまでボケっと待つ。8:00になって店に声かけると、店の外、入り口左側にポツンとスタンプが置いてあった。なんだ。スタンプ押して先に進む。次の鍋割山には10:00に着けば良し。まぁ一応トレイルランナーなのでチンタラ行っても着くでしょう。調子も悪いし。西山林道を走ったり歩いたりしながら進み、尾根筋をダラダラ登ってたら雨が激しく降り始めた。風も強い。下界は30℃超えで晴れの予報だったので雨具置いてきちゃった…。まぁでも涼しくて丁度いいやと進む。9:55頃、鍋割山荘到着。雨の中外で5分待って10時ちょうどに山荘に入る。

 

すると、すでに中で鍋焼きうどん食べてる人がいる!なんだ山小屋やってんじゃん、と山小屋のご主人にスタンプ押したいと言うと、入り口のところにあると。確かにあった。これ10時前に来ても全然大丈夫そうだ。

 

塔ノ岳に向かうと暴風雨。木々がバキバキ音を立てている。枝が折れて吹っ飛んできたらまずいな…と思う。風も強いし下ってると寒くなってくる。夏場は面倒なので雨降っても雨具着ないのだが、持ってて着ないのと持ってないのとでは心理的余裕が全然違う。これで低体温症にでもなったらシャレにならないし「軽装のトレランは…」って叩かれるんだろうな、って思うと今日はここでやめてバカ尾根を降りようかなって迷う。けどバカ尾根に合流すると自然と登ってしまった。塔ノ岳到着は10:50くらいだったか。尊仏山荘ではカウンターにスタンプがあった。ポンと押してまた暴風雨の外に出る。3秒くらい丹沢山に行くのをためらうが、まぁ片道30分くらいだった筈だし大丈夫だろうと向かう。ちょっと止まったので寒い。

 

雨がどんどん強くなる。登山道も水浸し。まだ靴下は濡れてないので濡らしたくなくて水たまりを避けながら進む。ペースは遅い。そのうち雷まで鳴り始める。風は強くて雨が痛い。寒い。ちょっとシャレにならないなぁと思っていたら丹沢山みやま山荘到着。11:30を回っていた。結構時間食った。登山者が大勢雨宿りをしているが時間がないのでカウンターのスタンプを押してすぐに塔ノ岳に引き返す。寒すぎる。

 

寒いので身体を温めようとスピードを上げる。行きに通ってきた道は川のようになっており、靴下はすでにビチャビチャ。もう気にせず水溜りに突っ込んで進む。蓋付のゼリー飲料を飲みながら歩いていたら蓋が落ちた。蓋を拾って左手に飲料、右手に蓋という状態で登山者が現れたので水溜りの中で横によけようとしたら、水溜りの中の木だか石だかにつまずいて顔から水溜りに突っ込む。ドロドロ。「驚かせて済みません」と言ったけど登山者は何も言わずに行ってしまった。まぁいいけどね。これをトレランの人がやったらまたマナーが悪いとかギャーギャー言われるんだろうなぁ。

 

塔ノ岳に戻る。12時までには戻ってきたかったけど12:15くらいになってしまった。表尾根は行ったことがないのでこの悪天候の中、大倉に戻るべきかちょっと迷ったが、結局表尾根に進む。降りていくと気温が上がってきて一安心。そして雨もあがった。ちょっとだけ下界が見えて、相模湾と街並みがきれいだった。

 

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しばらく進むと鹿が何やら食べていた。こっちに気づいているのに逃げない。

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ヤビツ峠到着14:40頃。30Kmを超えていてさすがに疲れた。売店でついレモンケーキを購入。売店で補給しないつもりだったのにジェル飲むのが嫌になってて…。ここから大山まで400~500mUP。標準時間で1時間5分ほど。ちょっと短すぎないか?売店のおじさんに聞くと「俺でも1時間で登れるからトレランなら40分くらいで行けるよ」とのこと。ふーん。もう疲れてるので標準時間の半分で行くのは厳しいけど、普通の人が1時間なら40分あれば十分かな?と登ったら50分かかった。遅ぇ。大山山頂到着15:40頃。

 

山頂のどこにもスタンプが見つからない。あっちウロウロこっちウロウロ。ベンチで休んでる人に「スタンプ…そこにないですよね」とか言って一緒に探して貰ったり。ちょっと下の社の隣の消火機とか入ってそうな赤い箱の中にあった。15:50。さぁあとは下るだけ、1時間あれば十分だべ、と思っていたが岩が雨で濡れてて滑りやすく全くスピードが上がらない。途中からちょっと焦り始めて全力で降りる。女坂を優しく下りたかったのに時間がないので男坂。16:40頃ようやく大山観光案内所に着くと閉まってる!17:00閉店じゃないんかい!と無理やり中に入るとスタンプ押してくれて景品の手拭くれた。あー良かった。伊勢原駅まで走るつもりだったのにもうすっかり走るのが嫌になっててバスに乗ってしまった。本日の走行距離、手元のガーミンで37Kmでした。

 

小田急線に乗る。自分がとてつもなく汗臭いことが分かっているので席に座らずドアの前に立っていたけど、近くのイケメン大学生が鼻に指を当てている。そしてカバンで鼻を押さえている。あー俺の匂いが臭いんだろうなぁ、でも他に行き場もないしイケメンに生まれた罰じゃ!オヤジの青春の匂いを喰らいやがれ!と2駅くらいそこに居た。でもやっぱり可哀想になってイケメンから離れると今度は近づいた老婦人がハンカチで鼻を押さえ始めた。完全に鼻つまみ者である。慌ててキョロキョロすると爆睡しているお姉さんがいたのでそっちサイドに立って一件落着。もう臭いまま公共交通機関に乗るのはやめようと大反省した次第。

 

<備忘録>

・雨降ってたからだと思うけど、水は結局3Lくらいしか飲まなかった。

・初めて試した固形補給食のエネモチはおいしくて使い勝手が非常に良い。

 

ハセツネ2018に向けての試走(スタート地点~鞘口峠の約38Km)

 
 
ハセツネ2017のリタイアは悔しくて、練習したくない時や、練習で追い込めない時は、
ハセツネでリベンジするんだろ?そんなんでやれんのかよ?と自分を鼓舞していたのだが、富士登山競走が自分の中で占める比率が高くなりすぎてしまい、ハセツネのことは段々忘れて行った。
 
そして2018年の富士登山競走は完走ならず。翌日から猛練習を積もうと決めた筈なのに、完走できていないくせに、何だか満足してしまって8月は全然練習に身が入らない。えーい、ハセツネをねじ伏せるんじゃねーのかよ!と強引に喝を入れるも、
まぁ完走すりゃいいんじゃねーの、完走だけなら制限時間24時間もあるんだから全然OKっしょ、12時間?バカ言うんじゃぁないよ、ムリに決まってんだろ、それにほら、11月につくばマラソンでいいタイム出したいし、ハセツネ頑張ると疲れちゃうからさ、などと去年と全く同じ思考に入り始める始末。
 
休日には、36℃なんて走っていい気温じゃないだろ!やめようYO!と全力で嫌がるワガママボディを無理やり家から引きずり出して、「山の中6時間は走るんだ。30Kmくらいは走れ、オラ行け行け!」と水と食料を背負って箱根に向うも、わずか2.5Kmで歩き出し3Kmで引き返してしまう。暑いし重いし…。こんなことしないでも楽しく生きてる人沢山いるのに、何だって俺は夜中に70Kmも走るような選択しなきゃならんのだ…ってブツブツ言いながら3Km歩いて帰った。8月の走行距離150Km。ジョグばっかりで中身のある練習ゼロ。
 
そんなこんなで迎えた9/1(土)ハセツネ試走に行ってきました。
いつも試走は一人だけど、今年のハセツネ出場予定のKさんと一緒。
Kさんはフルマラソンが俺より20分以上速く、70Km超のトレランレースも2回完走している。走歴2年でこの領域。凄い。完全に格上なのだが、ハセツネは初めてで普段山には全く行かないらしいので、何故か俺が先輩ヅラでアドバイスしたりする。俺も完走したことないのに…。
 
武蔵五日市駅7:00集合。ザックリ考えた行動予定は以下の通り。
7:15 スタート
8:30 入山峠
9:30 市道山分岐
10:20 醍醐丸
11:45 第一関門の浅間峠(4h30で到着予定)
16:00 鞘口峠(浅間峠~鞘口峠の時間が大雑把なのは初めてでよく分かってないから)
16:45 都民の森からバスに乗って武蔵五日市駅
結果的には、ほぼこの通りに行動して無事に武蔵五日市駅に帰ってきたけど想定外がいくつかあった。
 
想定外①
水が全然足りない。去年3Lで足りなかったので、3.5L持っていった。
けど暑くてもの凄い勢いで減っていく。第一関門まで飲むのを我慢しまくったけど、
それでも2.5Lも飲んでしまった。途中でコースから逸れて水汲みに行って、ここで好きなだけ1Lくらい飲みまくって、更に3L積んでコース復帰しました。最終的に5L飲んだ。本番ではまだエイドまでも到着してないのにどうすんだこれ?
(ちなみに本番では、この水場で水汲んだら失格です。なんて意地の悪いレースなんざましょ)
 
想定外②
疲れた。富士山で鍛えてきたのでもっと楽に登れるかと思ったけど、やはり人間そう簡単に強くなれませんね。去年、たった10Kmでダウンしてたことを悔しく思っていたけど、このコースは10Kmで辛いや。
今日は半分しか走ってないけど、最後はクタクタだった。走り終えてバス停に向かう途中の階段でコケたら腹筋が攣って悶絶した。さぁどうしましょ。
 
 
Kさんは多分そんなに疲れてなかったんだろうけど、合わせてくれて、「キツいなぁ辛いなぁ、これ本番どうしよう?」って言い合いながら進んだ。
もう12時間切りとかチャンチャラおかしくて、15時間とかも全くイメージつかず、水を沢山持ってのんびり進んで18時間が俺の実力値だろう、それ以上速く進んだらまたリタイアだな、なんて思った。この試走より本番でマシなのは気温が下がることだけで、
本番では渋滞・ライト/防寒具で荷物は更に重い・夜間走行で走りにくい、ってことを考えると、とてもタイムを目指して走ろうなんていうテンションにはなれなかった。
 
 
武蔵五日市に戻り、温泉に入ってKさんと別れ、車で家に帰った。でも家に帰る途中で、またまたまたまた「俺は本当にこれでいいのだろうか?」と考え込んでしまった。多分18時間かければ完走することはできる。でもそんな中途半端なことする為に練習したり試走したりしてる訳ではないのではなかろうか?12時間はさすがに無理だが、去年のイメージの15時間より遅くゴールしてリベンジ認定するのは違うだろう。あと1ヶ月しかないけど、やっぱり15時間は狙ってみよう。今日の試走より速く走って更にもう一度同じ距離を進まなければならないけれど、チャレンジだけはしてみよう、と思った。走力は急には上がらないけど、長い距離に慣れたり補給や装備を見直したり、まだ出来ることはある筈。ハセツネ以外では使わないし高いし爺くさいしと敬遠していたポールも買おう、適当に家にあるジェルやコンビニ調達の補給食を持っていかないで、重量・カロリー・補給タイミングを丁寧に計画しよう、と思った。
 
翌朝早速、Black Diamondのポールと、以前から気になっていた補給食のエネモチをポチり、雨の中走りに出かけた。疲れてはいたけど、嫌々走ってたこの1ヶ月とは違って締まった走りになっているのを感じた。やっぱり人間は気持ちで生きてるんだなぁと思う。達成したい目標を見つけて、それに向かって努力したいと心から思えれば、生活にも張りが出てくる。どんな結果になるか分からないけど、また富士登山競走のようにやれることをやってみよう!と思えた。