ハセツネ2018参戦記 その③

第二関門で水を貰う。入れてくれるお兄さんに「鞘口峠で水が切れて…」なんて話をしたら「自分も去年出たんですけどやっぱり水が切れて大変でしたよ」と言いながら1.7Lくらい入れてくれた。ちょっとサービス。本当にありがたい。500mlくらい一気飲み。カラカラに渇いた身体に染み渡る。人生で一番うまい水だった。

 

さぁこれからどうする?第二関門はいくつもの投光器で昼のように明るく照らされており、ブルーシートの上には寝ているランナーが大勢いる。こんなところに長居しても里心がつくだけだ。固形物を全く取ってなかったのでエネモチを無理矢理押し込む。半分食べれた。今までとてもおいしく感じていたのにクソまずい。味覚障害でも起きているのだろう。ちょっと悩んだが、劇薬のベスパハイパーも投入する。発汗作用があるのと、余計気持ち悪くなるリスクはあるが、もうトボトボ歩くのはごめんだ!と思った。ゴールまで残り30Kmだが、厳しいのはここから12Km弱。4.5Km先の2つ目のボス御前山を越えれば3.2Km先の大ダワまでは下り、そこから4Kmでラスボス大岳山を抜ければもうキツい傾斜はない。大岳山がゴールのつもりで行こう。そこから先は気持ちで何とでもなる筈だ。

 

第二関門の先は広々とした下りで、前方には全く人が居なくて地獄の底に落ちていくようだ。水の心配がなくなったので飛ばす。このまま行こう!でも2Kmほどで潰れる。身体が熱い、気持ち悪い。ダメだ…。寝る。寒くなって起きる。ヨロヨロと歩く。しばらく歩くと10人ほどの大集団に追いつく。もうちょっと速く歩けるけど抜かすような気力もなく後ろを歩いて登り続ける。試走の時はアッサリ登った記憶しかないが、いつまで登っても着かない。うんざりしたころ山頂へ。大勢休んでいるが俺は知っている。ここは惣岳山で御前山ではない。10人中2-3人は休まず進むのでそっちについていく。御前山600mの道標がある。御前山で休もう。暫く進んでもうすぐかな?と思ったら御前山400mの道標。あんだけ進んだのにたった200mか…。感覚もおかしくなってる。雨も降ってきた。身体が冷えてちょうどいい。延々登って御前山山頂。雨の中シェルを出すのも面倒で濡れたままベンチに座ってしばらくうつむく。

 

身体が冷えたので出発。下り基調。前の人が、頑張ればついていける程度の良いペースで走る。キツいけどこの人につこう、離されたらまたズルズル遅れてしまう、と頑張ってつく。何とか3.2Kmをほぼ走り切り大ダワ到着。ここはアスファルトの林道が通っていて公衆トイレがある場所で、大会テントが4つ程建っているのだが入り口にでかく「リタイア受付。テントに入った時点で失格」と書かれている。テントの中は明るく毛布とか置いている。何という格差だ。その前を通り過ぎて暗がりのアスファルトの上にゴロ寝する。周囲にも寝てる人が20人くらい。シェルを着たり保温シートにくるまっているが自分は暑くて仕方がないので半袖短パンのまま寝る。アスファルトが冷たくて気持ちいい。寒くなって起きる。出発前にハイドレの水を吸うとズズズッ。んあ?また水が切れた!沢山あると思ってガブ飲みしてたからだ。次の湧水まで5Kmはある。大岳山を越えたところだ。また水無し地獄か…。

 

前後に人も居なくなり、暗闇をトボトボ歩く。大岳山手前の約3Kmは傾斜が緩く、試走時はKさんと「ここまでに足を残してここを走れるかでタイムが変わりますねぇ」なんて話していたのだが、全歩きするとは思わなかった。でも仕方がない。水が無いので体温を上げられない。大岳山への急登が始まる。登り続けられないが傾斜がキツく寝る場所がない。木に寄りかかり体育座りで目を閉じる。寝る。寒くて起きる。立ち上がってノロノロと登る。延々登ると女性スタッフの声がする。山頂だ。「お疲れ様!」と言われるが「水場はどこです?」と聞く。失礼な対応だがもう喉が渇いて気が狂いそう。「370m。私の脚でゆっくり行って13分でした」淀みなく答えてくれる。もうこれまで何十回も聞かれたのだろうし、ハセツネ経験者なんだろう。必要な情報をちゃんと用意してくれている。ありがたい。しかし370mに13分って遅すぎないか?

 

下り始めてすぐ分かった。メチャクチャ急斜面でスピード出ない。水のことだけ考えて必死に下る。もういい加減10分以上下ったろ!と思ったら男性スタッフが立っていたので水は?と聞くと「200m先です」。…絶望を通り越して何の感情も沸かない。

 

水場に着いたが10人以上並んでいる。そんなに勢いよく出ていないので一人1分以上かけて汲んでいる。コラコラ、汲みながら飲むんじゃない!ほら次の容器を出す間にも貴重な水が流れてしまってるじゃないか!とか思いながら血走った目で水を見つめる。ようやく自分の番。後ろの人には申し訳ないが自分も汲みながら500ml一気飲み。うまい!1L汲んで列から出て750mlまた一気飲み。あーうまい。水場はここから2Km先、3Km先にも1ヶ所ずつあるのを知っているのでそんなに残す必要はない。ここから先はようやく一切水の心配をしなくてよくなる。気が楽になって数人の集団と一緒にゆっくり走りながら下る。

 

2Kmほど走って次の水場、綾広の滝。3人くらい並んでたので素通り。次の御岳神社の手水は複数人で汲めるのでそっちで汲もう。綾広の滝からちょっと登る。集団はそのまま走る人と歩く人に分かれる。ちょっと走ってから歩こうと思っていたら…ん?あれ?全然走れる。もう40Km近く登りは全歩きだったのに走れる。よく考えたら気持ち悪くもなくなってる。そのまま走って登る。あれ?無性に調子がいい。集団の前に出てペースを上げる。気がつけば空も真っ暗から灰色に変わってきた。もう朝なんだ。

 

歓声が聞こえる。第3関門の長尾平。直前の登りも元気に走って「ナイスラーン」と言われながら止まらず通過。こんな朝5時頃に大勢の声援、本当にありがたい。御岳神社の脇を下り手水に行くと、ウサギ耳をつけたかわいい女の子が一人で応援している。水を汲みながら「一晩中応援ですか?すごいなぁ怖くなかったですか?」と言うと「去年は走ったんです。でも遅いんで23時間50分かかってビリでした」とのこと。「俺は去年リタイアだったから俺より上だよ」と言いながらジェルを飲む。普通に飲める。おいおい、今まで飲めなかったのは何だったんだよ!女の子に「じゃ、ラスト行ってきます」と言い走り出す。誘導スタッフに「ここにきて軽快な走りですねー」と褒められる。うん。ここまで遅すぎて全然足疲れてないもん。

 

ラストの登り、日の出山もストックをガシガシ突いてパワーウォークで強引に登る。スタッフが「おはようございます」と声を掛けてくる。完全に朝だ。日の出山に明るくなってから到着するなんて全く想定してなかったなぁ。山頂から見える景色は綺麗だった。夜景だったらもっと綺麗だったのかな。ここから先はほぼ緩やかな下り。ストックとライトをザックにしまう。ジェルと水を流し込む。時計を見ると5時58分、スタートしてから16時間58分経っていた。ラスト11Km。キロ5’30で行ければ17時間台か。下り基調とは言え常識的には無理だが、もう残された目標はこんなもんしかない、狙ってみようと思い走り出す。

 

最初は段差の全く合わない走りにくい階段。全然スピード出ない。キロ9分台。クソ。次の1Kmも結構登りがあってキロ7分台。クソ、根性見せろよ!更に飛ばす。他のランナーとのスピード差は圧倒的で、見えたらあっという間に目の前に迫り「右行きます!」と声をかけて抜く。キロ6分台。たまに抜かれた後ついてこようとするランナーの気配を感じる。更にペースをあげて振り切る。ようやく5分台に入る。4分台まで上げろ!と吹っ飛ぶ覚悟でメチャクチャに走るが5’10くらいが限界。追い込んで走るのは最初は気持ちよかったが段々悲しくなってきた。この金毘羅尾根は暗いうちに走る筈だったし、三頭山や御前山でこの足は使いたかった。結局ボロボロに負けたなぁ…って思ってたら涙腺が崩壊して視界がボヤけてきた。

 

舗装道路に入った。更に飛ばす。ふとゴール前どうしよう?って思う。これ位の距離のトレランはみんなゆっくり手を振りながらゴールするし、その状態の前のランナーを猛ダッシュで抜かすのも全く粋じゃない。でも苦しんで苦しんで苦しみ抜いた今回のレースは、苦しいままゴールしたくて、ゴール直前に誰かが居たらスピード落とす、居なかったらそのまま駆け抜ける、と思いキロ4くらいまでペースを上げて住宅街を走る。最後の角を曲がると誰も居ない。スピードを落とさずガッツポーズもせずにそのままゴールした。ゴールタイム18時間5分。地べたに座ってトン汁飲みながら「とにかく終わった。人生の中でも文句なしに一番辛かった。俺にはトレイルランは向いていない。もう2度とやらない」って思った。